13.癌性疼痛のコントロールについて

1.「痛み」とは?

身体で感じる「痛み」は、実際には脳内で認識される感覚の一つであり、それが自覚されるときは身体に何らかの異常が起きていると考えられます。「痛み」を感じることによって危険な状態を察知し、その状況を回避することができることから、これは一種の防御反応とも考えられます。しかし一方で原因がわからない慢性的な「痛み」もあり、ストレスや他の疾患・症状の原因となることもあるため、これは治療の対象になります。このように「痛み」は単に感覚的なものではなく、「不快な感覚的、情動的経験」(国際疼痛学会の定義)でもあるのです。また、脳内にはエンドルフィンのようなオピオイド様物質があり、ある程度の疼痛や苦痛はみずからコントロールできると考えられます。たとえば、マラソン選手が感じる多幸感(ランナーズハイ)にはこのエンドルフィンが関与していると言われています。

2.癌の「痛み」(癌性疼痛)

癌においても「痛み」(癌性疼痛)を自覚することがあり、治療の対象になります。これには、癌そのものの浸潤や組織破壊に伴う疼痛があり(侵害受容性疼痛)、局所の炎症反応、すなわち痛み物質の放出、組織の虚血などが関与するとされます。また、神経の圧迫や破壊により惹起される疼痛(神経障害性疼痛)も考えられます。さらに、心理的な要因による痛み(心因性疼痛)も考えられ、実際にはこれらが複雑に組み合わさった結果、疼痛が起きると考えられます。

3.癌性疼痛治療の概略

1. 痛みのアセスメント
まず、痛みに対する評価が重要です。当院ではチャートを用いてVASスコアによる評価をおこなっています。これは患者やご家族からお話を伺うことから始まりますが、うまく聞き出せないために十分な治療が開始されない場合があるので、どのような痛みの可能性があるのかを理解したうえで質問することが重要です。また、主として薬物治療をするわけですが、これによってどのような改善がみられたかを再評価することも重要です。したがって、在宅では医師のみならず訪問看護師との連携で、できるだけ状態の変化をつかむようにしています。このためには、痛みの訴えのみならず患者の行動を観察する必要があります。

2. WHO3段階除痛ラダー
WHOの除痛ラダーの第1段階ではアセトアミノフェン(1.5g/day~)を使用することでかなりの疼痛がコントロールでき、副作用も少ない感があります。また、最近、第2段階の薬剤としてトラマドール系の薬剤(トラムセット)も発売されています。これは神経障害性疼痛にも効果があります。リン酸コデインは肺癌患者などの咳嗽が強いときに使用しています。しかし、肺水腫の状態による咳嗽、喀痰では輸液を絞ることの方が重要です。第3段階では内服によるオキシコドンが使用されることが多いかと思いますが、消化管蠕動の低下から嘔気や便秘が起こります。癌の終末期であっても「食べる」ことは人間の基本的な欲求であることに変わりはないことから、当院ではモルヒネによる食欲低下の可能性がある場合にはフェンタニール製剤への切り替えを積極的に行っています。これにより、疼痛の軽減のみならず、食欲も改善する可能性があるのです(文献1)。

文献1:新薬と臨床57:508-9, 2008

3. 鎮痛補助薬
神経因性(障害性)疼痛ではオピオイドの効果は約50%と言われています。したがって、これを治療するためには鎮痛補助薬を使用する必要があります。しかし癌性疼痛に対する鎮痛補助薬の効果に関するエビデンスは乏しく、実際の臨床ではどの薬剤を選択したらいいのか迷うことが多いのが現状です。たとえば、国際疼痛学会(IASP)の慢性疼痛(神経障害性疼痛)のガイドラインによれば第一選択薬は抗うつ薬、alpha2deltaサブユニット遮断薬などで、オピオイドやトラマドールは第二選択薬になっています。また、第三選択薬として抗けいれん薬、抗不整脈薬、ケタミンなどのNMDA受容体拮抗薬があげられています。国立がんセンター中央病院の鎮痛補助薬ラダーによれば、第一段階は抗けいれん薬(クロナゼパム)、第二段階は三環系抗うつ薬(アモキサピン、ノリトリプチリン)、第三段階は抗不整脈薬(メキシレチン、リドカイン)、そして第四段階にNMDA受容体拮抗薬(ケタミン)があげられています。

4.胃癌再発例における疼痛管理の実際

1.ダグラス窩転移による直腸狭窄(図1)
スキルス胃癌(T3N0M0, StageIIA)の術後にダグラス窩転移、さらには直腸狭窄による腸閉塞をきたした症例です。子宮、直腸壁の肥厚を認め、骨盤内の再発が考えられます。この患者は、腹部膨隆と下腹部から肛門部の痛みを訴えました。疼痛に対してはオキシコドン20mgから開始し、経口摂取不能なためフェンタニルパッチ(デュロテップ)に切り替えました(4.2~16.8mg)。腸閉塞に対してはIVH管理とともにオクトレオチド(サンドスタチン)600ug/dayを使用し、繰り返す腫瘍熱に対してフルルビプロフェンアキセチル(ロピオン)50mgを適宜使用しました。肛門痛のコントロールは不良であり、骨盤内臓神経が障害を受けた疼痛と考えられることから鎮痛補助薬や神経ブロックも考慮すべきであったと考えています。

図1A

図1B


2. 腹腔動脈および傍大動脈周囲リンパ節再発(図2)
広範囲な3型胃癌(T4aN3bM1, StageIV)の胃全摘後に腹腔動脈周囲、傍大動脈周囲リンパ節再発をきたした症例です。塊状になったリンパ節が大血管の周囲に認められます(矢印)。この患者は心窩部から背部に抜ける疼痛を訴えました。オキシコドン40mgから開始し、食欲不振が強い為にフェンタニルパッチに切り替え増量してコントロールしました(8.4~16.8mg)。その結果、経口摂取がある程度可能になりました。この再発形式は腹腔神経節などへの直接浸潤による神経障害性疼痛も関与していると考えられました。このように交感神経が関与する疼痛は、神経ブロックも選択肢として考えられます。

図2A

図2B


3. 多発骨転移(図3)
早期胃癌(T1bN2M0, StageIIA)術後7年目に強い背部痛を訴えて受診しました。患者は疼痛のため身動きができない状態でした。MRIにてC7, Th5~7,12に多発骨転移を認め(矢印)、再発と診断しました。疼痛コントロールはオキシコドン10mgに放射線治療(30Gy)を追加し、半年で120mgまで増量しましたがコントロール不良となり、さらに240mgまで増量し、ビスフォスフォネート、メキシレチン、クロナゼパム、ガバペンチンを併用することにより外来通院が可能なまでになりました。この症例では鎮痛補助薬の併用が有効であったと考えています。

図3A

図3B


このように胃癌再発の癌性疼痛の治療では以下の点が重要と考えられました。
1.再発形式により症状の多様性があるので、それに応じた治療が必要。
2.モルヒネの副作用として「食欲低下」の可能性がある。
3.オピオイドが有効でない疼痛(神経障害性疼痛)があるので、鎮痛補助薬を併用する必要がある。
4.消化管の狭窄症状が加わるので、非経口投与、腸閉塞症に対する緩和治療が必要である。

本稿はCNS & Clinical Oncology Forum 2009 (2009年7月12日)「がん患者さんの療養生活の質の向上を目指して」の講演内容をもとに作成しました。


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