16. 高齢者の転倒について

1.はじめに
二本の足で立つことは健康な人にとってはごく当たり前の事ですが、60代半ばを過ぎるころから次第にそうではなくなってきます。
毎年3〜5人に一人の高齢者(65歳以上)が転倒を経験し、80代、90代になるとその危険性が高くなるといわれています。転倒の多くは、軽い傷や打撲ですみますが、高齢者の5~10%は骨折、深い傷、頭部外傷などの重傷を負うとされています。高齢者の救急搬送の72.1%は転倒によるもので、季節的には10月から1月にピークがあります。また、半数以上が居室での転倒です(東京消防庁データ、2009年)。とくに大腿骨頸部骨折は寝たきり、あるいはもっと悪い状況、すなわち死に至る場合もあります。実際、転倒、転落や滑落により、0.3%の方が亡くなるとも言われています(前出データ)。
これまで滑りやすい敷物や暗い照明、多くの内服薬による副作用などが転倒の危険因子として取り上げられて来ました。

2.加齢による足の変化
加齢により足の筋肉が減少し、神経伝達も鈍くなる結果、足の感覚も低下するとされます。また、血流は鬱滞(うったい)し、足やくるぶしがむくみやすくなることはよく知られています。さらに、脂肪の減少や、組織そのものが硬くなることで、足のクッションとしての働きが弱くなります。その結果、足のアーチ構造が扁平化し、鉤爪肢や外反母趾(とくに女性)が増えます。これにより、足にかかる圧が部分的に強くなり、痛みの原因になるのです。高齢者の30%はこれらの原因による足の痛みを訴えるというデータもあります。もっとも、加齢的変化だけではなく、足の外傷や糖尿病などの慢性疾患の影響の方が重要と考える研究者もいます。
 

3.足の痛みと転倒の関係
最近、ハーバード大学の加齢医学研究所の研究者は、室内での転倒が室外の転倒より、足の痛みに関連していることを突き止めました。また、予想されたように足の痛みが歩行の遅延やバランス感覚の低下と関連していました。
オーストラリアのKaren Mickelらのグループらによれば、これまでに直接足の痛みと転倒の関連を示した研究は少ないといいます。多くの研究は転倒のリスクの高い人を対象としており、一般的に暮らす高齢者を対象とした研究ではないからです。
最近、Mickelらは、60歳以上300人の成人を対象とした研究(Journal of the American Geriatric Society, 2010年)で、転倒を起こした人を足の痛みの有無で比較したところ、痛みを有している人がより転倒しやすい事を明らかにしました。他のオーストラリアのグループは、初の無作為化試験で足のケアが転倒を防ぐかどうかを検討しました(BMJ, 2011年)。平均年齢74歳の数百人の、足の痛みを有する高齢者を対象にフットケア・プログラム(運動、装具、靴などのアドバイス)の有無で転倒の発生率を比較したところ、そのプログラムは転倒発生率を36%減少させたのです。

4.何が転倒の予防に効果的か?
転倒予防に最も効果的なものは何であるかの判断は慎重にする必要があります。
転倒予防研究のレビュー(JAGS, 2011年)では、American Geriatric Societyの推奨する転倒の危険評価やマネジメントプログラムが実際の転倒の予防になるかは“明らかでない”と結論し、多くの医師や研究者を驚かせました。さらに驚く事には、臨床試験の結果から「ビタミンDの錠剤」と「運動プログラム」が唯一、治療介入効果があるものと考えられたのです。

5.靴はどうやって選ぶか?
実際、靴(ケアシューズ)を購入する時にはどうしたらよいでしょうか。ニューヨーク大学の医師たちの研究(2011年)によれば、靴を購入した35%の人は少なくとも半サイズ小さい物を選んでいました。これは糖尿病患者ではより頻度が高かったそうです。外国では、靴の注文はオンラインで行なっており、実際に靴屋に行って足の計測することは過去の話です。Web上でも計測値から靴のサイズを決めるチャートがあるので、これをもとにサイズを決めると良いでしょう。日本では、ご自宅まで足の計測に来てくれるサービスも一部では利用が可能です。外反母趾があると靴の先端の幅は広い物が良いですし、鉤爪肢の場合は、靴底が深いものを選ぶ必要があります。そうでないと、足底骨の骨折の恐れすらあるのです。
多くのランニングシューズやウオーキングシューズは幅広く、ゆったりとして伸展性があるので、履き心地もよく、安定しています。足に重大な問題を抱える人にとってもこれらのシューズは、大きな整形外科的シューズにかわって履くことができます。
最近になってハーバード大学の研究者たちは、靴の種類と転倒の間には関係のないことを発見しました。すなわち、運動靴とその他の靴とで転倒の発生率に差がなかったのです。しかし、室内でこのような靴をはいているほうが、スリッパや靴下、あるいは素足であるよりも転倒による大きな外傷の頻度は低かったといいます。したがって、履き心地のよいものであれば、靴は平衡感覚を維持したり、身体を支持するものとして役立つと考えられます。

6.体重を減らす
体重が増すほど足への負担も増加します。過度な体重増加や肥満が足の痛みやその他の足の問題と関連することが報告されています。体重を減らすことは確かに難しいですが、少しでも体重を減らすことで足への負担や痛みを減らし、おそらく転倒のリスクも減らすことができるでしょう。

7.既存の中敷きを使う
Hylton Menz氏はオーストラリアの足と転倒に関する研究をリードしていますが、靴の中敷きは足を安定化し、圧を分散化し、また足がどの位置にあるかという感覚の付加的な情報を与えることにより、転倒の一部を予防する効果を持つと述べています。どんな中敷きがいいか?ということに関しては議論があり、一般的に注文製品は既存の物に比べると高価です。足底筋膜炎や関節リウマチによる足の痛みの治療に関する臨床研究では、既存のものと注文したものとでは転倒の発生率に差が認められていません。このことからMenz氏は大きな足の変形や注文製品の適応がない場合は、まず既存のものを使用した方が良いと述べています。

8.足の運動がよい
足やくるぶしの運動は、年齢による足の筋力低下やこわばりを相殺するといいます。先のMenz氏らによれば、転倒の予防に関与する主なものは、多面的なフットケアプログラムの中でも家庭での運動ではないかと述べています。
たとえば、小石をつま先で持ち上げる運動は、つま先が曲がろうとする傾向に打ち勝つ筋力をつけるとされます。しかし、足の運動だけが足をよくするための方法ではないのであって、先のMenz氏は、足の問題を予防するものとしてヨガの効果をあげています。

Translated and revised from “Feet and falling” (Harvard Health Letter, November 2011) with permission from Harvard Health Publications.


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