26 高齢者の転倒予防は可能か?

1 はじめに


高齢者の転倒は、居住場所によってその頻度が異なります。半年間の転倒頻度を調べた結果では、介護施設で40%、居宅サービス利用者で35%、一般高齢者が20~30%でした(インターライ式ケアアセスメント CAP16転倒, pp276, 医学書院, 2011)。転倒リスクには、転倒の既往、脳卒中などいろいろなものが知られていますが、最近、一般の高齢者の室内での転倒には足の痛みが関与する事がわかってきています。
また、日本は超高齢化社会を迎えていますが、それにともなって救急搬送される高齢者も増加の一途をたどっています。東京消防庁のデータ(2007~2011)によれば、高齢者の救急搬送のうち8割は転倒によるもので、この5年間で1万人増加しています。また、そのうちの4割は入院を要する中等度以上のものでした(www.tfd.metro.tokyo.jp)
転倒から骨折などの重症な外傷をきたすと、高齢者の場合はADLの低下につながり、寝たきりの状態になってしまう可能性もあります。したがって、転倒や骨折の予防が介護予防に重要と考えられていますが、これらの予防は可能なのでしょうか。

2 在宅患者の転倒率


そこで、当院で在宅療養を受けている患者の、転倒に関する実態調査をおこないました。調査期間は、平成24年の4月から9月までの半年間とし、その間に、日中および時間外でコールのあった、転倒事例31件を対象にしました。
まず、転倒率を計算すると、1.18でした。これは、患者1,000人あたり、1日で約1人が転倒している事を示します(1,000 patient days)。
一般的に、欧米での病院における転倒率は、2~7くらいとされており、病棟によって異なります。また、全日本病院協会の資料による、日本の病院の数値は1.81と比較的低い値になっています(2008年の平均
www.ajha.or.jp/hms/outcome/bunseki_6.html)。ここで注意すべき事は、転倒患者の拾い上げが少ないと数値が低く出てしまい、よりリスクのある人が多い場合は、逆に数値が高くなる点です。また転倒率は、共通の指標なので、施設間の転倒の比較も可能ですが、むしろ、同一施設で転倒予防の介入前後の数値をみることに意義が有ると考えています。

3 在宅患者の転倒の現状


転倒のコールもとを検討すると、老人ホームが最も多く、58%を占め、以下、家族、訪問看護師、ヘルパーの順でした(図1)。また、コールの時間帯は、日中(6時から18時)が7割を占めていました。これを、患者一人あたりで換算すると、老人ホームが1.80回であり、自宅0.3の6倍の頻度でコールが有る事がわかりました。老人ホームでは、契約により介護を提供していることもあり、リスクマネージメントの観点から、すべての転倒事例に関して連携医療機関に報告をしていることが、その背景にあると考えられました。

図1

図1

次に、外傷の程度をみると、外傷なしが8割を占めており、骨折は上腕骨骨折が1例(3%)でした(図2)。

図2

図2

骨折以外の外傷では、腫脹・内出血、および裂創がそれぞれ3例で、擦過傷が1例でした。処置の内容をみると、病院への搬送(骨折、頭部打撲)が3例、縫合処置2例で、以下、関節穿刺、輸液、創処置、処方が各1例でした(図3)。 これらのうち、薬剤の副作用でふらつきを認めた1例に輸液を行っていました。

図3

図3

また、介護度をみると、要介護4が最も多かったのですが、要支援1や要介護1、さらには5も含まれていました(図4)。 このように、転倒でコールを受けたものの多くは、経過観察で十分であったことがわかります。また、骨折などの重篤な外傷の頻度は、3%と低い値でした。

図4

図4

4 地域高齢者の転倒は予防できない?


米国には、ヘルスケア全般に関する研究をまとめたCOCHRANE REVIEWSというものがあります。そのうち、「地域高齢者の転倒予防」に関する159の無作為化試験(79,193名が対象)のメタアナリシスによれば(COCHRANE SUMMARIES, CD007146, 2012)、筋力やバランス感覚を高める運動プログラムは、転倒件数を減らす事がわかりました。しかし、転倒リスクに対する多因子介入では、転倒件数は減るものの、転倒する人を減らす事はできませんでした。ビタミンDの内服効果も、血中濃度が低い人に限られていました。また、転倒リスクを高めるとされる内服薬の調整は、3つの研究では効果なく、1つで効果を認めました。白内障手術は、女性で最初の眼の手術では効果があり、ペースメーカー挿入は、頸動脈洞過敏症患者には有効でした。さらに、教育的内容の配布物だけでは、転倒予防にはつながらないことがわかりました。
一方、地域・救急医療での高齢者の転倒による外傷予防に関する、多面的評価と介入をおこなった19の研究をまとめた報告(Gates S, et al, BMJ 336:130-3, 2008)では、介入群とコントロール群で外傷発生率、入院率、救急受診率、死亡率、施設入所率のいずれも差がありませんでした。このように、転倒による外傷の予防に関するエビデンスもないのが現状です。

5 ある老人ホームの試み


ある老人ホームでの大規模調査では、転倒は年間1,792件(転倒率5.55)発生していました。転倒場所は、7割近くが居室であり、介助外での転倒が85%を占めていました。この多くは、自室トイレでの転倒で、病院での傾向と同様でした。また、外傷の程度は、8割で外傷がなく、骨折は2%(7割が下肢)と、今回の在宅患者での傾向と類似していました。一方、介護度は、1と2、および3が多く、在宅患者の4が多いのと対照的でした。また、事故経験数をみると、4割が1回のみでした(「ホーム内の転倒事故を防ぐための教育テキスト」第1版, ベネッセスタイルケア, 2009)。
そこで、この老人ホームでは、転倒を予防するために、筋力増強を目指した「リハビリプログラム」を導入しました。しかし、いままで十分に歩けなかった患者さんが歩くようになって、転倒件数は逆に増えてしまいました。また、バリアフリーのホームと、初期に作ったそうでないホームとで転倒率を比較したところ、明らかな差は見られませんでした。このように、従来から「転倒予防に有効である」と言われていることを、もう一度考え直す必要があるようです。

6 おわりに


高齢者の転倒の問題は、未知なものを含めていろいろな因子が関与するために、その予防がなかなか困難です。また、骨折を減らす事による介護予防効果に関しても更なる検討が必要です。

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高齢者の転倒

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