35. がん治療を考える

1.がんとは何か?

がんは、今や国民の死亡原因の三分の一を占める疾患です。そのため、今後人口の高齢化にともなって、がんによる死亡者数が増加すると予想されています。

そもそもがんとは、遺伝子変異が積み重なって起こる病気です。そのため、細胞が活発に複製をくりかえしている骨髄、腸管の粘膜、皮膚などは異常がおこりやすいと考えられます。しかし、たとえ異常がおきても、それを修復、あるいは異常なタンパク質を抑制するものがあればがん化は防げます。高身長の人は、持っている細胞数も多いので、発がんリスクが高くなるという研究があります(1)。長期間生きる、すなわち高齢になると遺伝子変異が蓄積する確率が高くなるのは当然です。がんとは、感染症などを克服し、長寿を手にいれた人類の宿命ともいえる疾患なのです。

一方で、人間は進化する動物です。いろいろな環境に適合できるように、遺伝子が変化したために、地球上で生存することができるようになりました。このように、遺伝子が変異する可能性があることは、進化にとっては重要なことです。そういう意味では、がんとは、人類が進化することと引き換えに課せられた試練なのかもしれません。

がんを治療する、ということは「より長く生きたい」という人間の生存願望をかなえるものです。その治療によって、生存する期間が長くなれば、一応の目標は達成できます。しかし、「生きる」ということは単に生命があることだけではありません。食事をする、外を歩く、会話をする、といった日常の生活を送れるようにすることも考える必要があります。 高齢化社会におけるがん治療は、より長く生きられる治療法を選択するだけではなく、生活の質(QOL)や患者の尊厳をも考慮したものでなくてはなりません。

2.治療法の選択で予後に差

胃がんの治療では、早期の病変であれば、胃を切除しなくても内視鏡的に病変部分だけを切除する治療が行われます。入院期間も短く、いままでと変わらぬ食生活が送れ、長期予後も良いとされているので、胃を切除するより侵襲が少ない治療であると考えられています(2)。

それでは、この患者が肥満患者(BMIが高い)だったとしたらどうでしょうか。肥満は、生活習慣病や大腸がんなどの危険因子であることがわかっています(3)。胃の病変部位だけを切り取る治療であれば、以前とかわらぬ食生活が続くので、体重減少はなく、他の疾患で死亡するリスクは依然残ることになります。 一方で、胃切除をした場合はどうでしょうか。通常の胃切除(4/5胃切除)は減量手術の側面もあります。欧米では、肥満患者の治療として、わざわざ胃をバイパスする手術が行われるくらいです。多くの患者は、程度の差こそありますが、手術後に体重減少がおきます。その結果、肥満が解消されれば、生活習慣病や大腸がんなどのリスクが軽減されることになります。胃がんも治療でき、その後の生存に影響する疾患の治療にもなるわけです。

このように、早期胃がんの治療を例にとっても、治療法によっては生存期間が異なる可能性があるのです(4)。その時点では侵襲が少ない治療でも、結局長生きができないのでは、「長く生きたい」という患者の願望をかなえることはできません。

3.がん治療における予防的切除について

遺伝子発現異常とがん化との関連性の研究から、がん遺伝子やがん抑制遺伝子の存在が明らかになり、個人の遺伝子を解析することで、遺伝子異常を検査することが可能となりました。そして、このような個人の遺伝子情報をもとに、がん治療は新しい時代に入ろうとしています。

がんの治療は早期発見、早期治療といわれてきましたが、これは、がんが発生してしまってからの話です。遺伝子情報によって発がんの可能性を推測することで、将来的にがんになる可能性が高い場合、その臓器を先に切除するという考えが出てきたのです。 胃がんの中で、遺伝の可能性が高いがんの一つとして、「遺伝性びまん性胃がん (HDGC)」があります。この患者では、細胞と細胞をつなげるのりのような働きをしている、カドヘリンという分子の異常が認められ、胃の粘膜細胞がばらばらになって周囲に広がるため、びまん性胃がんになることがわかっています。 そこで、このカドヘリン分子をコードしている遺伝子、CDH1を調べて異常がみつかった場合、予防的に胃全摘を行うという治療があります。外国では、実際にこういった手術がすでに行われており、摘出した胃には、内視鏡的には正常とされても、顕微鏡レベルではすでにがんが発生していることが明らかにされています(5)。

さて、この治療法の問題点としては、CDH1の異常だけでがんの発生を予測しても良いかということがあります。実際、この分子の異常が認められる頻度は日本人では少なく、人種による差、あるいは、他の分子の関与も否定できません。予防的に胃全摘された胃の切除標本では、微細な病変がみつかっていますが、これがすべて肉眼的ながんにまで進展するのかも不明です。 また、胃を全摘してしまうと、食事量の減少、体重減少などその後の生活の質(QOL)にあたえる影響も大きく、その後の生活に懸念が残ります。

同様の治療が乳腺や卵巣の一部のがんでも行われるようになっており、ある有名な女優がこの治療をうけたことで世間の注目を集めています。予防的切除は、がんの遺伝子診断ともあいまって、今後注目される治療法になるでしょう。

4.当院の考える在宅がん緩和ケア

がん患者が亡くなる場所の多くは病院です。在宅医療が普及してきたと言われる昨今ですが、なぜ、依然として自宅での死亡数が少ないのでしょうか。 がんの場合、通常は治療をおこなうわけですが、その治療をどこで止めるかという判断は主治医に委ねられています。熱心な先生ほど、諦めきれずに治療を継続することになり、化学療法などの途中に容体が急変して結果的に家に帰る機会を失ってしまいます。肺の非小細胞がんの治療に関する研究で、早期から緩和ケアを導入した群が、標準治療群と比較して生命予後が延長したという報告があります(6)。これは、緩和ケアの延命効果とも考えられますが、死亡直前の抗がん剤治療がなかったためとも解釈されています。

一方で、独居ないしは老老家庭が多く、自宅では十分な介護ができない現状があります。患者の配偶者の方が先に倒れてしまうということもあります。子供にも仕事があり、働かなくてはならないので十分な介護ができません。

Aさんは、肺がんの終末期で当院が診療していました。高齢なご両親の面倒も見ながらの闘病生活でしたが、あるとき喀血をきたし、呼吸困難が増強したため緊急入院になりました。幸い、救命処置により一命をとりとめ、呼吸困難の状況は改善することができました。がん患者が急変しても、救急医療を併用することによって症状の緩和がはかれ、生存期間が延長する可能性があります(7)。

当院が訪問診療を開始するにあたっては、治療を受けてこられた病院との連携を継続するようにします。主治医は一人である必要はなく、病院と訪問医師の両方が担当するのです。当院では、「在宅看取り」にこだわることなく、質の高い緩和医療を、介護環境も含めて提供する事に重点を置いています。在宅医療に固執するあまりに、患者やその家族が不安になったり、QOLが損なわれるのでは本末転倒です。このために、介護環境とともに病診連携にも重点を置いて、診療にあたることが重要と考えています。

参考文献
1 Cancer Causes Control 25:151-9, 2014
2 Dig Endosc Suppl 1:55-63, 2013
3 J Epidemiol 21:417-30, 2011
4 Prog Med 29:785-7, 2009
5 Gastric Cancer 15:S153-63, 2012
6 N Engl J Med 363:733-42, 2010
7 がんサポート146:92-3, 2015

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