28 高齢者の熱中症

1 熱中症患者の救急搬送状況

今年の夏は猛暑が続き、連日のように熱中症に対する注意が喚起されました。総務省消防庁の調べによれば、7月の熱中症による救急搬送は、全国で2万2千人を越え、前年より20%余り増えています。多くは軽症ですが、中には死亡に至るケースもあり、65歳以上の高齢者の占める割合は約半数でした。 これを東京都特別区での救急搬送件数のデータ(1)でみてみると、7月のピークは梅雨明け直後で最高気温が35℃を越えた7日から15日の間にあり、10日の163件が最高で、一ヶ月で1,327件の搬送がありました(図1,2)。

図1救急搬送件数(東京都特別区7月)

図2最高気温(東京都特別区7月)

2 なぜ高齢者は熱中症になりやすいのか

ひとつは、脱水が関係します。高齢者になると、細胞内の水分量が少なくなります。汗をかいたりして身体の水分量が減少すると、細胞外の水分が減少し、循環する血液量の減少につながります。熱中症の症状として、めまいや頭痛、吐き気などが現れ、ひどくなると意識が消失します。その予防には、水分補給が重要と言われますが、高齢者の場合、誰かがそばについていないと、ついつい水分の補給が不足してしまいます。

飲水を促すためにスポーツドリンクをすすめるかたがいらっしゃいますが、飲み過ぎには注意が必要です。図3は、代表的なイオン飲料水に含まれる糖度をグラフにしたものです。一番多いPという製品では、500mLあたり33.5gもの砂糖が含まれています(コカコーラと同等)。実際、こういったイオン飲料水の飲み過ぎによる糖尿病(ペットボトル症候群)があり、注意が必要です。3号輸液に近いOという製品は、熱中症にかかったという芸能人によるCMで有名ですが、糖度は低くなっています。しかし、かわりにスクラロースという人工甘味料が使用されており、これは有機塩素化合物にほかならないので注意が必要です。

図3イオン飲料の糖度

もうひとつの原因は、発汗ができないことによる体温の上昇です。人間の身体は、体温が45℃を越えると、細胞での代謝ができなくなります。体温を下げるためには、室温を下げたり、身体を冷やしたりする必要があるのです。高齢者は冷房をいやがる場合が多く、結局暑い室内にいることが体温上昇につながります。

3 在宅療養患者の熱中症発生率と臨床的な特徴

今年の7月1ヶ月間で、当院で在宅療養を受けられている患者さんの熱中症発生率は2.33であり(患者1,000人あたり1日の件数)、昨年より増加していることがわかりました。7月における発生件数を日にちごとでみてみると、さきほどの東京特別区のデータでは最高気温が35℃を越えた10日頃にピークがありましたが、それよりも少し遅い時期にピークがあることがわかります(図4)。また、8月の発生率は0.69であり、7月と比べて減少していました(図5)。

図4熱中症発生件数(7月)

図5熱中症発生率

臨床症状は、食欲低下や発熱が多く、そのほかめまい、傾眠、重症化すると意識障害や血圧低下などがみられました(図6)。これらの症状は、高齢者の感染症でもみられるものなので鑑別が重要です。これらの患者の64%は施設の患者であり、自宅の方は少ないという結果でした(図7)。治療法をみると、82%の方が点滴治療で軽快しています(図8)。

図6自覚症状

図7発生場所

図8治療法

自宅での患者はいずれもお一人暮らしのかたで、1名は意識障害があり救急搬送しています。このように、ご自宅で療養している場合は、介護の環境が整っていれば熱中症は防げるのです。また、8月も猛暑が続いた割には件数が減少している事から、ある程度暑さに慣れると発生率が減少する可能性が考えられました。さらに、「暑さ」というストレスに対する遺伝的な要因も関与しているのでは、と考えています。

4 熱中症にかかりにくいのは遺伝子が関与?

熱中症で救急搬送された患者の約半数は65歳以上の高齢者であることから、高齢者は熱中症にかかりやすいと言われています。しかし、すべての高齢者が熱中症にかかるのかというとそうでもなく、体質的に暑さに強い方はかからないのではという印象もあります。

Jさんは102歳で沖縄出身の患者ですが、暑さにはめっぽう強いとの事で、この夏もエアコンはいっさい使わず、うちわをあおいで涼しい顔をされていました。診療中は、暑さのあまりこちらの意識が遠のくような感にとらわれることもありました。

最近の研究を紹介すると、熱中症で救急搬送されて重篤であった患者さん(発熱40℃以上で意識障害またはけいれんあり)の遺伝子変異を調べた検討(2)では、CPTII (carnitine palmitoyltransferase II)という酵素が熱に不安定になるタイプが多い事がわかりました。この酵素はミトコンドリアという細胞内器官にあって、脂肪酸を取り込み、ATPというエネルギーを作るのに必要です。体温があがることで、細胞内のエネルギーが産生できなくなる患者が重症化していたのです。熱中症になると体温が上昇する結果、全身の代謝が活発になり、それにみあうだけのエネルギーの供給ができなければ生存は難しくなります。

細胞内にはいろいろなタンパク質が存在し、水に溶けた状態で機能しています。これらのタンパク質が正常に働くためには、構造的に分子が正常に折り畳まれたり、周囲に水分子が張り付いていることなどが必要です。体温が上昇すると、細胞内の温度も上昇し、タンパク質の働きが正常にできなくなります。このように、熱ショックといわれるストレスに対する正常な応答ができるかどうかで、暑さに耐えうるかどうかが決まるのです。生命が誕生してから、地球上ではいろいろな環境の変化があったと考えられます。気温の変化に応答できる仕組みを獲得した生物が、地球上で生きのびることができたのです。この役割をもつ蛋白として、熱ショック蛋白(heat-shock proteins)というものがあります。
このうち、比較的小さなHSP-16.1という蛋白が、熱ストレスによる神経の変性に重要な役割をもつことが明らかにされています(3)。線虫をもちいた実験で、HSP-16.1は細胞内のカルシウム濃度を維持するのに重要なことがわかりました。また、あらかじめ少し熱を与えておくと、その発現が高まり、防御効果があることもわかりました。熱中症の発現には、こういった熱ストレスに対する分子機構も関与している可能性があります。急に気温が高くなるのは身体にストレスを与え、徐々に身体が慣れてくることで暑さにも耐えられるようになるのです。

参考文献
1)http://www.nies.go.jp/health/HeatStroke/spot/
2)日本救急医学会雑誌 2011, 22(7):350-1
3)Nature 2012, 490(7419):213-8.

Up dated at September 5, 2013
©KTC and IHCM, all rights reserved

高齢者の熱中症

高齢者の熱中症(626.6KB)



ページトップ

© Copyright Kawasaki Takatsu Clinic All rights reserved.