22 Quality of Death から見た日本の終末期医療

1. はじめに


2011年度の日本の死亡者数は125万人を越え近年増加傾向ですが、これは75歳以上の高齢者数が増えているためです。また、日本の総人口は、2005年より死亡数が出生数を上回っており(図1)、2008年以降すでに人口減少に転じています。

図1

図1

国立社会保障・人口問題研究所の推計(2012年1月)によれば、2050年には総人口は1億人を割り込み、2060年には8674万人まで減少すると推定されています(図2)。ところが、これとは逆に65歳以上の人口(高齢化率)は40%近くまで増加していくのです(図3)。

図2

図2

 

図3

図3

 


高齢者の増加にともなう少産多死社会の到来ですが、われわれはこのような時代における疾患による「死」のありかたを一度は考える必要がありそうです。とはいっても、ここでは生命倫理であるとか哲学的、宗教的な議論ではなく、終末期医療からみた「死」について考えてみたいと思います。

2. 疾患の終末期とはいつなのか?


疾患の経過の中で、終末期とはいつのことを言うのでしょうか?経過の中には診断時、治療可能な時期、不治と診断される時期、それに死が逼迫している終末期があると考えられます。この全経過を通して行われるケアが支持療法(supportive care)と呼ばれるものです。また、疾患が治癒できない、すなわち不治であると診断されたときから死に至るまでのケアが緩和ケア(palliative care)です(本稿3を参照)。そして、死が近づきそれが避けられない状況から始まるのが終末期ケア(end-of-life care)とされています(図4)。

図4

図4

もっとも、最近では、早期から緩和ケアを行うことでQOLの向上や予後の延長効果が得られたという報告があることから、疾患の診断時から緩和ケアを行う傾向になっています。医学的には、終末期とは以下の3つの状態を指すことが多いかと思います。

1)救急医療などが関与する、急性期疾患や事故などにより予後が望めない状態
2)がんなどの疾患により予後が6ヶ月以内と考えられる場合
3)高齢者の慢性疾患で治癒の見込みがなく死が近づいている場合

日本老年医学会では、「病状が不可逆的かつ進行性で、その時代に可能な最善の治療により病状の好転や進行の阻止が期待できなくなり、近い将来の死が不可避となった状態」を終末期と定義しています(「高齢者の終末期の医療およびケア」に関する日本老年医学会の「立場表明」2012)。これは、同学会が2001年に公表した「立場表明」の定義と同様であり、時として終末期の判断が難しいのが現状であることに変わりはありません。在宅療養を受けた患者の予後調査から、当院ではがんなどの悪性疾患の場合は約1ヶ月、老衰も含めた慢性疾患では約3ヶ月を終末期医療の期間と考えています。

ところがこれは医療サイドからみた終末期であり、患者やそのご家族は違った認識を持っていることが示されています。2008年の水川による都内の病院や老健に入院(所)あるいは通院(所)している65歳以上の高齢者とその家族を対象としたアンケート調査(水川真二郎 日本老年医学会雑誌 45:51-7, 2008)では、終末期の状態としては、医師・看護師は生命の危険が迫っている状態を想定しているのに対し、患者や家族はそれほどでもなくむしろ日常活動度(ADL)の低下を終末期と考えていました(表1)。

表1

表1

このように、患者(家族)と医療サイドとでは終末期を巡る認識の違いがあるようです。また、この調査では終末期の医療環境としては、患者や医療関係者ともに自然死を望んでいましたが、患者やとくに家族は在宅死をあまり望んでいないという結果でした(表2)。

表2

表2

これは、都内の比較的病院が多い地域での調査であることや、家族の居住形態、さらには患者自身が家族に迷惑をかけたくないといった状況が影響しているのかもしれません。

また、国際長寿センターがおこなった「平成22年度 在宅介護・医療と看取りに関する国際比較研究」によれば、日本の専門職は治療方針の決定にあたっては本人の意思だけでなく家族の意向を重視し、QOLの向上よりは生存時間の延長を重視する傾向があります。また、「できる限り長い時間をともに過ごす看取り」や「可能な限りの医療や介護を受けられる環境を整えてからの看取り」を望む割合は低く、宗教的な儀礼も比較的軽視される傾向にあります。日本では、国民的なコンセンサスや法制度、ガイドライン等が明確ではないため「終末期の場所」「人工栄養補給」「議論の主導権」などで理想と現実のギャップが大きく、本人・家族・専門職ともに迷いが大きいと考えられます(日本の看取り、世界の看取り「在宅介護・医療と看取りに関する国際比較研究」国際長寿センター2011年3月)。

3. Quality of Death(死の質)の国際比較


終末期医療における「死の質」ということが研究されています。これは、イギリスのEconomist Intelligence Unitが2010年に発表した報告で、OECD30カ国にデータのそろった10カ国を加えた40カ国における「死の質」に関する国際比較研究のレポートです(The quality of death: Ranking end-of-life care across the world, Economist Intelligence Unit, 2010)。ここでの緩和ケアはWHOの定義が用いられています。すなわち、「緩和ケアとは、生命を脅かすような疾患に直面している患者とその家族に対して行われるQOLを改善するためのアプローチであり、疾患の早期より疼痛、身体的問題、心理社会的問題、スピリチュアルな問題に関して適切な評価を行い、それが障害とならないように予防や対策を講じることである」。

また、緩和ケアは、
1)疼痛や他の苦痛の症状を取り除く
2)生を肯定し、死を通常の過程としてみなす
3)死を急がせたり、逆に先延ばしすることを意図しない
4)患者ケアにおける心理的、スピリチュアルな側面を統合する
5)死までの期間をなるべく活動的に暮らせるような支援のしくみを提供する
6)家族が、患者の疾患や死別とむきあうための支援のしくみを提供する
7)患者や家族の要望に対処するためにチームで取り組むが、もし必要であれば死別カウンセリングもおこなう
8)QOLを向上させ、疾患の経過に良い影響を与えるであろう
9)疾患の初期の段階で適応でき、化学療法や放射線治療などの生命予後を延長させる治療と併用できる。苦悩を与えうる臨床的な合併症を良く理解し、対処する研究者もこれに含まれる。
(http://www.who.int/cancer/palliative/definition/en/)

さて、この報告では、以下の4つの領域について、量的指標、質的指標、および地位指標(緩和ケアに関する政策の有無)を収集し、それぞれの指標に重み付け(括弧内の数字)をして0~10点で評価したものです。

1)終末期医療の基礎的な医療環境(20%)
2)終末期医療の利便性(25%)
3)終末期医療にかかるコスト(15%)
4)終末期医療の質(40%)

たとえば、4)の終末期医療の質では、国民の認知度(25%)、医学部における研修(10%)、鎮痛剤の利便性(10%)、医療提供者の許認可(15%)、医師と患者関係の透明性(20%)、政府の態度(10%)、心肺蘇生を行わないことに関する政策(10%)などが含まれます。

その結果、総合得点で一位だったのが「揺り籃から墓場まで」といわれる社会保障制度を確立し、世界でもっとも早くホスピスを設立したイギリスでした(図5)。また、イギリス連邦に属し、政治的、経済的に安定しているオーストラリア、ニュージーランドが上位という結果でした。

図5

図5

イギリスの基本的な医療環境は決して良いものではありませんが、医療の質(人々の関心、研修ができる、鎮痛剤の入手しやすさ、医師・患者関係の透明性など)が評価された結果でした。逆に順位が低かったのは中国、ブラジル、ウガンダ、インドでした。これらの国、とくに中国では死をタブー視する傾向が強く、ウガンダなどのアフリカ諸国では逆に死が日常であたりまえのこととしてとらえており、インドでは家族以外の人に死を知られたくないという状況が社会的な背景としてあります。また、日本の順位は総合で23位でした。これは、日本の医療環境はおしなべてよいものの、終末期医療に対する公的支出や政策が少なく、緩和ケアが受けにくく、個人負担も多いこと、専門家の養成が遅れていることが原因と考えられました(図6)。

図6

図6

4. おわりに


死に関しては国ごとにも捉え方の違いがあり、死というものが人間の存在そのものの裏返しであるために、単にそれを医学化(medicalization)する、すなわち医学的な問題だけで解決しようとするのは不可能であるのは明らかなことです。また、「良き生」を生き続けるという考えもできるでしょう。しかしながら、世界中では終末期のホスピスや緩和ケアが必要と推定される人は毎年1億人ほど存在し、そのうちその恩恵にあずかれるのは8%以下であるという試算もあります(Worldwide Palliative Care Alliance)。公的な支援や政策の確立とともに、家でのケア体制の確立は医療費の削減にもつながり(スペインでは61%の医療費削減に成功)、今後目指していく方向であることは間違いありません。そのためには、間取りも含めた家の環境、介護をする人の質を向上させるトレーニング、遠隔医療を可能にする情報通信技術(ICT)の整備は欠かせないでしょう。

©2012 Kawasaki Takatsu Clinic, All rights reserved.


ページトップ

© Copyright Kawasaki Takatsu Clinic All rights reserved.