お知らせ

老化を治療する

2022年08月08日

1 はじめに

 世界保健機構(WHO)では、老化を全身症状の一つとしてとらえ、「加齢にともなう内在的能力の低下」と定義しています(ICD-11, Feb, 2022)1)。日本は、世界の他の国に先駆けて高齢化社会に突入しており、健康寿命を延伸することが喫緊の課題となっているわけですが、健康状態を維持しつつ歳を重ねるためには、老化のメカニズム自体を解明することが必要です。近年、老化のメカニズムが明らかにされつつあり、ヒトにおいても老化を治療する取り組みが始まっているのでその内容を紹介します。

 

2 老化の仕組み

 老化はなぜ起こるのでしょうか。生命体を維持するためには、遺伝情報を伝達すること(DNAの複製)と同時に、外部からの侵襲による遺伝子の損傷(放射線など)に対する修復機構としてエピジェネティックな変化、すなわちDNAのメチル化、ヒストンのアセチル化、クロマチン構造の変化、転写因子ネットワークの変化などが必要です。すなわち、間違った遺伝情報を伝えないために、一時的に複製を停止して修復を優先させるという機構です。そうでなければ、がん細胞のように正常でない遺伝情報が次々と次世代に送られ、個体が死を招くことになってしまいます。この修復機構であるエピジェネティックな分子の働きが破綻してしまうことこそが老化の本質であり2)、これは細胞レベルから臓器レベル、そして最終的には個体の変化として現れるのです。

 

3 老化を治療する

1)    老化を防ぐダイエット

 これまでに明らかにされた老化を予防する知見をもとに、現在当院で試行しているダイエットを紹介します3)。まず、食事ですが、口にする食べ物の質に注意することが重要です。まさに、「身体は食べたものでできている」(You are what you eat)、のです。具体的には、身体に悪影響を及ぼす恐れのあるものの摂取は極力避けたほうが良いと思われます。例えば、発色剤(亜硝酸ナトリウム)で処理された加工肉(ハム、ソーセージ、ベーコンなど)、人工甘味料(アセスルファムK、アスパルテームなど)、マーガリン(トランス脂肪酸)、乳製品(牛乳、チーズ、ヨーグルトなど)、遺伝子組み換え作物(大豆、じゃがいも、とうもろこしなど)などが挙げられます。

 次に、カロリー制限よりも糖質制限(ケトン食のような過度のものは避ける)をし、急激な血糖上昇を避けることも重要です。タンパク質や脂質の制限はありませんが、赤身肉の摂取は極力避けたほうがよいのです。これは、肉に含まれるカルニチンという物質が腸内細菌の働きでトリメチルアミン-N-オキシド(TMAO)という物質に変換され、心臓病などの原因になるためです2)。また、食事の仕方も重要であり、食事間隔を一定時間あけて空腹を感じることが重要と考えられています。外国のことわざに、「朝は王のように食べ、昼は王子のように、そして夕は貧しい人のようにたべよ」、というのがありますが、これは空腹時間を作ることの重要性を示したものとも考えられます。

 運動は、後述する長寿遺伝子を活性化することが分かっていますが、当院では非運動性熱産生(NEAT)を高めることを推奨しています。これは、身の回りの家事や子供の世話、階段昇降、通勤などの歩行による運動であり、気軽に行うことができます。これらの達成度をヘルスケア関連のアプリを使って実感することも大切です。この際、BMIは若干高めに設定した方が生命予後は延長すると考えられます4)

 

2) 老化の薬物療法

(1)NADブースター薬(NMN)

 出芽酵母の中で寿命が長い変異株から同定された長寿遺伝子としてサーチュイン遺伝子(Sir2)が知られており、飢餓やカロリー制限により活性化されますが、エピジェネティックな変化により遺伝子が安定化する結果、代謝や遺伝子のサイレンシング、抗加齢作用があります2)。MITの今井眞一郎らの研究により、サーチュイン(Sir2)の本体は、ヒストン脱アセチル化酵素であり、NAD(ニコチンアミド アデニン ジヌクレオチド)依存性であることが明らかにされました5)。 NADは主としてニコチン酸アミドからNAMPTという酵素によりNMN(ニコチンアミド アデニン モノヌクレオチド)を経て合成されます(図1)。生体内での働きは幅広く、単に酸化還元反応の補酵素にとどまらず、ミトコンドリアの機能や代謝、視床下部での概日リズム、全身での炎症、DNA修復、細胞分裂、信号伝達、クロマチンエピジェネティックスに及びます6)。NADは運動や食事によって合成されますが、外からのブースター投与により、脳神経では感覚運動機能、肝臓では糖新生や脂質酸化、心臓血管では心筋保護作用、リンパ組織では免疫や抗炎症作用、生殖器では妊孕性、腎臓では腎保護作用、膵臓ではインシュリン分泌、筋肉ではインシュリン感受性や脂質酸化作用、脂肪組織では脂肪新生などの働きが期待できるのです6)。したがって、対象疾患(症状)も認知症に始まり、視力低下や難聴、運動機能障害、心血管疾患、免疫機能喪失や自己免疫疾患、脂肪肝やインシュリン抵抗性、腎臓病、不妊症、肥満、慢性炎症、サルコペニアやがんと幅広いものになります(図2)6)。すなわち、生活習慣病のみならず老化にともなう身体症状を一度に治療できる可能性があるのです。

図1 NADの合成経路

図2 NADによる疾患の治療(文献6の図4を一部改変)

 NADは視床下部にコントロールセンターがあり、交感神経を経て骨格筋でのNAD合成 (すなわちSIRT1合成)に関与しています7)。また、脂肪組織からはeNAMPTによるフィードバックループがあります7)。さらに、その原料であるNMNは小腸からトランスポーターを経由して吸収されることが明らかにされ8)、内服薬として期待が持たれています。実際、老化マウスを用いた実験では、NMN投与群で増加するものとして、エネルギー代謝、インシュリン感受性、脂質代謝、ミトコンドリアの酸化的代謝、網膜機能、骨密度、免疫細胞数があり、逆に減少するものは、体重、遺伝子発現などで、抗老化作用が示唆されています9)

 最近、ヒトでの臨床試験の結果が発表されました。一つは、閉経後のBMI25から40の女性を対象として、NMN 250mgあるいは偽薬を連日10週間摂取するものです10)。その結果、NMN投与により、血液細胞中のNADの上昇がみられ、筋肉におけるインシュリン感受性が増加したのです。一方、65歳以上の健康な男性を対象にした研究11)では、NMNの経口摂取により血中NADの上昇が認められ、歩行速度で評価した生理的な筋力の改善が認められましたが、脂肪の体組成やHbA1c, FBG, HOMA-βなどの血中レベルに変化は認められませんでした。

 

(2) ラパマイシン

 ラパマイシンは、イースター島の土壌から発見された微生物によるマクロライド系化合物です。mTOR(リン酸化酵素である哺乳類ラパマイシン標的タンパク質)阻害活性やIL-2の産生を低下させることから、免疫細胞の活性化が阻害されると考えられています。このような免疫抑制作用を利用して、臓器移植の拒絶防止に用いられています。さらに、ラパマイシンを投与された高齢化マウスの寿命を延長したとの報告12)があり、抗老化物質としても注目されています。

 

(3) メトホルミン

 ビグアナイド系の経口糖尿病薬として日常診療でも用いられている薬剤です。肝臓での糖新生を抑制、中性脂肪やコレステロールの合成阻害などの作用のほか、ミトコンドリアの代謝反応を制限する、SIRT1活性を上げるといった多彩な薬理作用を有しています。マウスの動物実験では、寿命が延長することが示唆されており13)、臨床的には糖尿病患者での心血管系イベンントの発症リスクが低下します14)

 

3)    老化細胞の除去 (Senolytics)

 老化細胞を選択的に除去するために、低分子化合物や標的分子(p16など)を用いるもので、実験レベルでは身体機能の改善や延命効果が報告されています。その中でも、植物の色素であるポリフェノール(フラボノイド)として注目されているのが、ケルセチン(Q)とフィセチン(F)です。いずれも、抗酸化作用やサーチュイン遺伝子を活性化する働きがあり、抗老化作用が期待できます。Qは抗がん剤の一種のチロシンキナーゼ阻害剤であるダサチニブ(D)と併用して用いられます(D+Q)。この2種類をマウスに投与した実験では、老化細胞が除去され、寿命が20-30%延長しました15)。ヒトの臨床試験では、糖尿病性腎症を有する患者での老化細胞の減少効果が報告されています16)

 これらの薬剤を用いた現在募集中のフェーズ2の臨床試験は2つあります(2022年7月29日現在)。一つは、米国セントジュード小児研究病院による、18歳以上の小児がん患者のフレイル改善効果を見るもので、D+QとFのパラレル試験です17)。もう一つは、米国メイヨークリニックによる、70歳以上の健康な高齢者を対象にしたD, Q, Fを単独投与するパラレル試験で、I型コラーゲンテロペプチドの変化を指標とした支持療法の効果を見るものです18)
 

4)    細胞のリプログラミング

 1958年、オックスフォード大学のジョン・ガードンは、カエルの未受精卵の核を取り除き、かわりにオタマジャクシの腸管細胞の核を移植しました。その結果、卵からは無事にオタマジャクシがうまれ、カエルにまで成長したのです19)。これが意味するところは、細胞が成長しても遺伝情報は核に保存されており、老化はリセットされるということです。その後、1996年には、エジンバラ大学のイアン・ウイルムットらにより羊の卵子の核を乳腺細胞の核に置き換えることによって、クローン羊のドリーが誕生しました20)。その後いろいろな議論がありましたが、現在ではこのクローニング技術は家畜や競走馬、ペットを再生するために日常的に行われています。そして、2006年に京都大学の山中伸弥は、体細胞の初期化にはわずか4つの遺伝子(Oct4, Sox2, Klf4, c-Myc)が必要であることを突き止め、人工多能性幹細胞(iPS細胞)が誕生しました21)。したがって、体細胞を初期化することで、老化を治療できる可能性が出てきたのです。米国ソーク研究所のファン・ベルモンティは、ドキシサイクリンで誘導される4つの山中因子をもつ遺伝子組換えマウスを作製して実験を行いました22)。通常より早く老化するよう遺伝子操作したマウスに週2日だけ山中因子を誘導したところ、そうでないマウスに比較し若さを保ち、40%長く生きることができたのです。ある時期が来たら山中因子の注射をし、ドキシサイクリンの内服をすることで遺伝子スイッチを入れることが可能になれば、これは究極の老化治療になるでしょう。

4 おわりに

 老化に伴う生活習慣病(高血圧、糖尿病、脂質異常症)をはじめとして、運動器や神経変性疾患、がんなどの疾病が予防できれば、医療費や介護費の大幅な削減が図れる可能性があります。これらの費用は、死亡前の1-2年で増加するので、健康寿命の延伸は意義のあることと考えられます。また、健康な高齢者が増えることによる生産年齢人口の増加が期待でき、農業などの一次産業に充てることも可能でしょう。また、これらの実現のために、生体情報や検査所見をモニタリングするデバイスの開発も進むでしょう。

 

文献

 

1)    ICD-11 for Mortality and Morbidity Statistics (version:02/2022)  
            https://icd.who.int/browse11/l-m/en#/http://id.who.int/icd/entity/835503193  (cited 2022/7/14)

2)    デイビッド・A・シンクレア, マシュー・D・ラプラント LIFESPAN:老いなき世界, 東洋経済新報社, 東京, 2020

3) 松井英男. 川崎高津診療所紀要. 3(1): 84-98, 2022 https://kt-clinic.jp/global-image/units/upfiles/20936-1-20220601154104_b62970a00503d1.pdf    
            (cited 2022/08/01)

4)     Sasazuki, S. et al. J Epidemiol. 21(6): 417-30, 2011 doi:10.2188/jea.je20100180

5)     Imai, S. et al. Nature. 403: 795-800, 2000 doi:10.1038/35001622

6)     Rajman, L.et al. Cell Metab. 27(3): 529-547,2018

7)     Imai, S. npj Systems Biology and Applications 2: 16018, 2016  doi: 10.1038/npjsba.2016.18

8)    Grozio, A. et al. Nat. Metab. 1: 47-57, 2019   doi:10.1038/s42255-018-0009-4

9)    Mills, K. et al. Cell Metab. 24(6): 795-806, 2016  doi:10.1016/j.cmet.2016.09.013

10)Yoshino, M. et al. Science. 372: 1224-9, 2021   doi:10.1126/science.abe9985

11)Igarashi, M. et al. npj aging. 8(5): 1-11, 2022

12)Harrison, DE. et al. Nature. 460: 392-95, 2009

13)Defronzo, RA. et al. J Clin Endoclinol Metab. 73: 1294-301, 1991

14)Wang, CP. et al. J Diabetes Complicat. 31: 679-86, 2017

15)Callaway, E. Nature. 19287, 2016   doi:10.1038/nature.2016.19287

16)Hickson, LJ. et al. EBioMed. 47: 446-456, 2019  doi:10.1016/j.ebiom.2019.08.069

17)ClinicalTrials.gov NCT04733534 (cited 2022/07/29)

18)ClinicalTrials.gov NCT04313634 (cited 2022/07/29)

19)Gurdon, JB. Development. 140: 2446-8, 2013

20)Campbell, K. et al. Nature 380: 64-66, 1996   doi:10.1038/380064a0

21)Takahashi, K, Yamanaka S. Cell. 126: 663-676, 2006

22)Ocampo, A. et al. Cell. 167: 1719-33, 2016   doi:10.1016/j.cell.2016.11.052

 

グラフィックデザイン MIJE luv crafts

 

川崎高津診療所コラム「老化を治療する」v3.2  (2022/08/08公開)

©Kawasaki Takatsu Shinryo-jyo, All rights reserved.

 

このコラムの内容は、下記文献を改変したものです。

松井英男. 老化を治療する. 川崎高津診療所紀要. 3(2): 126-36, 2022

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