お知らせ

デジタル化社会の医療

2021年10月10日

1 はじめに

 少子高齢化社会では医療・介護費用の増大による財源の逼迫と、生産年齢人口の減少による働き手の不足により、医療・介護現場での作業の効率化が求められます。また、社会全体がデジタル化(DX)するのにともない、医療自体も変化することが予想されます。ここでは、医療のデジタル化のうちモバイルヘルス(mHealth)とデジタル治療(DTx)についてその現状について紹介します。

2 モバイルヘルス(mHealth)

 ウエアラブル端末(身につけられる端末)や携帯端末などを利用して、健康管理や医療そのものを行うことをモバイルヘルス (mHealth)と呼んでいます。われわれは、2012年に「遠隔在宅医療の将来」として、慢性疾患で通院困難な自宅療養者に対するテレヘルス(遠隔在宅医療)を提唱しました1)。その中で、血糖測定器、パルスオキシメーター、血圧計、心電計、電子聴診器などによる在宅患者の生体データを集め、訪問看護師を介した診察 (D to P with N)や、画像の共有による専門医の診察 (D to P with D)、定期訪問や往診による医師の診察 (D to P)の有用性を示しました2)(図1)。最近では機器の小型化が進み、心電図などは当初は前胸部に貼付が必要だったものが、現在では腕時計での計測が可能になっています。

 モバイルヘルスが扱う領域としては、まず治療コンプライアンス向上のためのツールが挙げられます。例えば、血圧コントロール不良患者へのモバイルヘルスによる介入3)などがあります。次に公衆衛生や臨床試験としてのデータ収集や調査があります。日本でも、新型コロナウイルス感染症患者との「接触アプリ」が開発されましたが、ダウンロード数の不足や感染者による入力が不十分なこともあり、あまり利用されませんでした。さらに、院外での利用、すなわちポイント・オブ・ケア診療での利用が挙げられ、これには依存症などに対する認知行動療法があります。また、教育や健康増進のための利用として、SNSや動画を用いた教育があります。実際、糖尿病患者への動画配信によるHbA1cの改善効果が報告されています4)。また、緊急時の医療対応ツールとしての利用も考えられます。

 図1 テレヘルスの将来


 昨今のコロナ禍では、オンライン診療として初診を含むテレヘルスが解禁となりました。この流れ自体は当然と思われますが、ビデオ会議システムだけのオンライン診療では情報量の制約があり、また一番の欠点は必要な検査ができないため十分な診療ができません。われわれの調査では、健康保険組合のレセプトデータ(2020年)からみたCOVID-19に関するオンライン診療では、初診だけが行われ、二回目以降は他院を受診しPCR検査をしている現状が明らかになりました5)。これは、「オンライン診療」というよりは「オンライン勧奨」に相当するのではないかと考えられます。そもそも肺炎などの急性期疾患にオンライン診療を適応とすべきではありません。また、高齢者の利用は少なく、アクセスの障害を解決することが慢性疾患管理を含めたオンライン診療の課題と考えられました5)。自験例でもCOVID-19のオンライン診療を行いましたが、問診やパルスオキシメーターのデータを確認する程度で、身体所見はとれず結局搬送になるケースが目立ちました。また、家庭内感染では、往診による全員の検査が必要になり、自宅療養患者の治療は往診で対応せざるを得ませんでした。

 神奈川県でのCOVID-19の自宅療養では、LINEと地域包括ケアシステムのTeam(医療スタッフ・県職員・保健所)を用いた経過観察および遠隔監視システムを導入しています6)。これは、LINE上でTeamの情報と利用者を紐つけ、BioExpress社のChatBot (GovtechExpress)が患者の容体を日々確認します。LINEが使用できない場合は、AiCall (LINE Brain)でAIが利用者に電話をかけることで対応しています。

 しかし、このシステムで経過観察されていても、実際は入院が必要なケースもあることが問題です。保健所が介入するのが遅く、当院が受け入れ先を探さなければならない事例も経験しました。COVID-19患者では、重症者以外をすべて自宅で対応するのではなく、急変も少なからず起こることから、入院体制をすみやかに構築することが先決でしょう。また、入院ができないにせよ、初期治療を自宅療養中に開始する必要性を感じました。

3 デジタル治療(DTx)

 デジタル治療とは、「エビデンスに基づき、臨床的に評価されたソフトウエアを使用して、患者に直接的な治療的介入を行い、さまざまな行動、精神、身体の疾患や障害を治療、管理、予防すること」と定義されています7)。すなわち、アプリなどを用いた治療的介入をするわけですが、日本の場合、このアプリによる臨床試験を行い、医薬品医療機器総合機構 (PMDA)による承認を得ることが必要になります。

 デジタル治療の特徴としては、1)高品質ソフトウェアによる治療介入を行うこと、2)正確な患者情報を継続的に取得・把握できること、3)個別の継続的介入により治療効果が向上すること、4)AIの導入により医療従事者の負担を軽減すること、5)行動変容や治療継続による重症化を予防すること、6)医療費の適正化につながること、7)革新的な価値の創造につながること、などの点があります8)。デジタル治療の分野としては、糖尿病、高血圧症(動脈硬化、脂質異常症含む)、精神疾患(うつ病、統合失調症、ADHD、自閉症スペクトラム、依存症)、睡眠障害があり、多くのソフトウェアがすでに発売されています。以下代表的な治療ソフトウェアを紹介します。

1)    BlueStar®

 米国welldoc社9)が開発した2型糖尿病患者向けの治療補助アプリで、2010年に米国FDAの認可を受けました。このアプリは医師による処方が必要で、患者は測定した血糖値を入力します。そして、適切なタイミングで疾患指導、生活習慣やモチベーション維持に関するアドバイスを受けることができ、専門家によるアドバイスも受けることができます。患者はこれを通じて、薬物療法、食事療法、運動療法について学習します。また、医師向けには診断サポートシステムがあり、医療チームが情報を共有することができます(図2)。

図2 BlueStar®を用いた糖尿病の治療イメージ(文献8の図を一部改変)

 

2)   Propeller

 米国Propeller Health社10)が開発した喘息・COPD患者向けのアプリです。服薬用吸引機にセンサーを装着し、服薬状況を自動で記録・管理することができます。服薬リマインダーや、個々に応じた症状コントロールをフィードバックすることができます。

 

3)    Sleepio™

 イギリスBig Health社11)が開発した、認知行動療法を用いた不眠症改善のためのアプリです。これは、国民保健サービス(NHS)の認可を受けており、睡眠に関するアンケートに答え、睡眠状態を記録することによって、個人に応じたアドバイスを受けることができます。

 

4)    EndeavorRx® (AKL-T01)

 米国Akili Interactive Lab 社12)が開発した、小児ADHDに対する世界初のゲームベースの治療用アプリです。これは、個別の難易度のゲームを継続的に行い、症状を改善するものです。ゲームを通じて注意機能に重要である前頭葉を刺激する仕組みになっているといいます。しかし、あまりにゲームに熱中しすぎて今度は「ゲーム依存症」になってしまうのが心配です。

 

5)    CureApp SC ニコチン依存症治療アプリ®及びCOチェッカー

 日本のベンチャー企業であるCureApp社(代表取締役 佐竹晃太氏)13)が開発した、ニコチン依存症の「治療アプリ®」です。これは、バレクリンなどの禁煙補助薬と併用し、呼気一酸化炭素濃度が10ppm以上上昇するニコチン依存症喫煙者が対象になります。一酸化炭素濃度を測定する「COチェッカー」と、医師が患者の状況を把握できる「医師アプリ」からなり、個別ガイダンスによる行動変容を促すものです。この治療アプリ®は2020年12月に日本初の保健適応となり、すでに発売され臨床の場で利用されています。CurrApp社は、高血圧治療アプリを2021年9月に薬事申請しており、そのほかにも3つのアプリの臨床試験や共同開発をしており、今後注目される企業です(表1)。

表1 CureApp社が開発している「治療アプリ®」

4 おわりに

 医療の分野にもデジタル化の波が押し寄せており、もはやこれを避けては通れない状況にあります。デジタル化社会(Society5.0)では、あらゆる個人のデータが集約され、そのフィードバックを受けることでよりよい健康生活を送ることが期待されますが、プライバシーやセキュリティの問題は常につきまといます。最近、「The Project Baseline Health Study」という1万人規模の健常者の生物医学情報を網羅的に収集する巨大プロジェクトが、Google社 (Verily社)をはじめ米国の有名大学 (デューク大学、スタンフォード大学、ヴァンダービルト大学、ハーバード大学など)が参加して行われています14)。これが日常的なった先には、いったいどんな未来が待ち受けているのでしょうか。

 

本論文に関する著者の利益相反:なし

 

文献

1)    松井英男他 遠隔在宅診療の有用性に関する臨床試験. 日本遠隔医療学会雑誌 8(2):230-2, 2012
2)    松井英男他 遠隔画像共有技術を用いたオンライン診療の臨床研究. 川崎高津診療所紀要 1(1):6-13, 2020
3)    McManus RJ, et al. Home and online management and evaluation of blood pressure (HOME BP) using a digital intervention in poorly controlled hypertension: randomized controlled trial. BMJ (Clinical research ed.) 19:372;m4858, 2021
4)    Bell AM, et al. Mobile phone-based video messages for diabetes self-care support. J Diabetes Sci Tecnol 6(2):310-9, 2012
5)    松井英男他 レセプトデータからみたオンライン診療の現状と課題.(投稿準備中)
6)    株式会社アルム プレスリリース資料 https://www.pref.kanagawa.jp/documents/61106/tenpu.pdf (cited 2021/09/24)
7)    Digital Therapeutics Alliance. DTx definition and core principles.

https://dtxalliance.org/wp-content/uploads/2021/01/DTA_DTx-Definition-and-Core-Principles.pdf  (cited 2021/09/24)

8)    山本健人他 医療のデジタル化におけるデジタルセラピューティックス(DTx)導入の推進に関する提言. 株式会社日本総合研究所 2021年

https://www.jri.co.jp/page.jsp?id=38110 (cited 2021/09/24)

9)    https://www.welldoc.com (cited 2021/09/24)
10)    https://propellerhealth.com (cited 2021/09/24)
11)    https://www.bighealth.com (cited 2021/09/24)
12)    https://www.akiliinteractive.com (cited 2021/09/24)
13)    https://cureapp.co.jp (cited 2021/09/24)
14)    Arges K, et al. The project baseline health study: a step towards a broder mission to map human health. npj Digital Medicine 3:84, 2020
 

ページトップ