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アルツハイマー病の原因は歯周病菌だった?

2022年08月30日

1 はじめに

 アルツハイマー病(AD)の研究が進んでいますが、これまで主流とされていたアミロイドカスケード仮説は、蓄積するアミロイドβ(Aβ)を標的とした治療がことごとく失敗していることや、そもそもAβがアルツハイマー病の原因であることを最初に報告した論文1)の真偽が問われていることもあって、原因と言うよりも結果である可能性が高くなっています。一方、ADの原因として感染症仮説がありますが、本稿では歯周病菌が原因である可能性とその治療法について解説します。
 

2 歯周病とは

 歯周病とは、歯の周りの歯肉や歯を支える歯槽骨が細菌感染を起こす結果、歯と歯肉の境界(歯肉溝)に細菌が停滞し、歯肉の辺縁が炎症をおこし発赤や腫脹をきたす疾患です2)。 歯周病の原因は、口腔内に存在する1,200種類もの口内細菌です3)。ブラッシングが不十分であったり、歯肉出血を伴うと歯肉縁にプラークが形成されます。ヒトの唾液1mlあたりには100億個もの細菌が存在し4)、これは便1g中の細菌数に匹敵します。すなわち、人体の入り口と出口にいる細菌数はほぼ同程度ということになります。口内細菌の悪玉菌の中で最も毒性が強いのが、ポルフィロモナス・ジンジバリス(Porphyromonas gingivalis, 以下、ジンジバリス菌)と言われており 5)、歯周病は、口内細菌の約7割を占める日和見菌が悪玉菌に傾くことで発症します。
 粘膜免疫の低下などが引き金となり歯周病菌の増殖が起こると、局所の慢性炎症が起きます。その結果、血管から直接菌体が侵入したり、菌体の構成成分であるリポポリサッカライド (LPS)などの内毒素(エンドトキシン)や炎症性サイトカインが血流に侵入します6)。また、近年このような口腔内細菌が嚥下されて腸内細菌叢の変化がおこり、腸管免疫のバリアが破綻することも全身疾患への進展に関与していると考えられています7)。全身の血管が影響を受ける結果、動脈硬化、脳卒中、虚血性心疾患などが、さらに認知症、誤嚥性肺炎、慢性腎臓病、消化器系のがん、関節リウマチ、骨粗鬆症、早産(低出生体重児出産)、非アルコール性脂肪肝炎 (NASH)、糖尿病などとの関連も指摘されています7)(図1)。
 

図1 歯周病と全身疾患

3 アルツハイマー病 (AD)と歯周病菌

 (1)ADの臨床経過
 遺伝性ADの自然経過としてわかってきたことは、発症25年前からアミロイドβ(Aβ)の蓄積が起こり、これがオリゴマーを形成することです。さらに発症15年前から記憶などを司る海馬の体積が減少し、発症5年前にはAβの蓄積がピークを迎え、さらに神経細胞内にタウ蛋白が蓄積し「軽い物忘れ」が始まります。したがって、発症時には脳内の変化がかなり進行しているため、発症5年後には要介護状態となってしまうのが特徴です8)
 高齢者のADの生命予後はどのくらいなのでしょうか。当院の患者100名(年齢の中央値84.5歳)の検討では、2年生存率は70.8%でした。また、終末期患者(当院の基準で端座位不可、嚥下障害あり)の予後を生存期間の中央値で検討すると、221日でした。患者の多くは、誤嚥性肺炎で死亡したが、年齢が90歳を超えると老衰死との鑑別が困難になります。
 
(2)AD発症の3つの仮説
 ADの発症に関する仮説には、主に3つが考えられています9)(図2)。まず、主流であるアミロイドカスケード仮説ですが、これは、Aβの蓄積により老人班が形成され、タウ蛋白の過剰なリン酸化による神経原線維変化を経てミクログリアの活性化、すなわち脳炎症が生じることでシナプス機能障害、神経細胞死がおこり認知症が発症するというものです。しかし、Aβを標的とした治療はことごとく失敗しており、Aβは病気の進行を防御している側面もあることから、原因というよりも結果である可能性が高いのです。次に、脳炎症仮説ですが、これは老化、Aβの蓄積、全身性の慢性炎症などによりミクログリアの活性化が起こり神経細胞死につながるというものです。また、感染症仮説は古くからありますが、これはAD患者の脳内で単純ヘルペスウイルス1型が検出されたことに始まっています。このように、細菌やウイルスの脳内感染を契機にタウ蛋白の過剰なリン酸化(神経原線維)が生じ、ミクログリアの活性化を経て神経細胞死につながると考えられています。
 

図2 アルツハイマー病発症の3つの仮説

 
 
(3)ADとジンジバリス菌
 最近、ADとジンジバリス菌の関連について興味深い報告がなされました10)。まず、AD患者の脳内(海馬のニューロンおよびアストロサイトの細胞質内)にジンジバリス菌の分泌する蛋白分解酵素であるジンジパインが存在することが分かったのです。遺伝子検査(PCR)では、ジンジバリス菌自体も脳内に存在し、これはAD患者で高い傾向でした。すなわち、歯周病の悪玉菌が脳内にまで到達し、病原性のある酵素を分泌していたのです。また、タウ蛋白がジンジパインで切断、リン酸化されることにより、神経細胞質内に沈着することが分かりました。さらに、COR388というジンジパイン阻害剤で細胞毒性が緩和したのです。また、ジンジバリス菌の感染でAβ1-42が誘導されましたが、これはジンジパインが存在しないと起こりませんでした。すなわち、Aβ1-42はADの原因ではなく、防御反応として誘導されると考えられました。
 
(4)ジンジパインを標的とした新しい治療法
 ジンジパインはジンジバリス菌とともに脳内に侵入する結果、神経細胞の炎症、Aβの産生、リソゾームの不活化、アストロサイトやニューロンにジンジパインによって切断されたリン酸化タウ蛋白が蓄積し神経細胞が死滅します11)。したがって、ジンジパインの阻害剤であるCOR388 (Atuzaginstat)はADの治療薬として期待されました。
 そこで、COR388によるAD治療の Phase2/3臨床試験(GAIN Trial)が行われました12)。これは、薬剤(40mgないしは80mg)を1日2回48週投与する偽薬コントロールの無作為二重盲検試験であり、643名が登録されました。主要評価項目はADAS-Cog11(認知機能下位尺度), ADCS-ADL(日常生活動作評価尺度)の二つであり、副次的評価項目としてCDR-SB, MMSE, NPI, Winterlight Speech Assessment, MRI検査, 歯周病の状態などが評価されました。さらに、脳脊髄液中のAβ, タウ, ジンジバリス菌DNA、治療前後の脳脊髄液、血液、唾液中のジンジパインが測定されました。2021年10月に結果が公表されましたが、残念なことに認知機能、日常生活動作の変化は認められなかったのですが、サブグループ解析で、ジンジバリス菌検出例の高容量群では認知機能の低下が53%で遅延していたことがわかりました13)。しかし、高容量群での肝機能障害(15%)もあってか、アメリカ食品医薬品局(FDA)はAtuzaginstatの臨床試験を急遽中断しました。このため、開発企業であるCortexyme社は、1日1回投与が可能な新規薬剤COR588での臨床試験(Phase1)をすでに完了しています14)(2022年7月現在)。
 
4 おわりに
 ADの原因である感染症仮説について、それを支持する最近の研究結果と、それをもとに試みられている薬剤について解説しました。ADの治療薬の開発は、Aβに標的を定めていることから最近では手ずまり感があります。今後も、新しい知見から始まる創薬に期待したいものです。


文献
1) Lesné S, et al. Nature 440:352-357, 2006
2) 日本臨床歯周病学会 https://www.jacp.net/perio/about/
3) expanded Human Oral Microbe Database v3
   http://www.homd.org (cited 2022/08/18)

4) Sender R, et al. PloS Biol. 14:e1002533, 2016
5) Hajishengallis G, et al. Cell Host Microbe. 10: 497-506, 2011
6) Cullinan MP and Seymour GJ. Periodontol 2000. 62:271-286, 2013
7) 山崎恭子, 山崎和久. 実験医学. 39(16): 2521-2526, 2021
8) 武 洲, 中西 博. 日薬理誌. 150: 141-147, 2017
9) 中西 博, 野中さおり. 実験医学. 37(17): 2881-2887, 2019
10)Dominy SS. Et al. Sci. Adv. 5: eaau3333, 2019
11)Jenner E. https://www.immune-system-research.com (cited 2022/8/18)
12)ClinicalTrials.gov NCT03823404 (cited 2022/08/16)
13)ALZFORUM https://www.altzforum.org/therapeutics/atuzaginstat

        (cited 2022/8/18)
14)ClinicalTrials.gov NCT04920903 (cited 2022/08/16)
 
 
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川崎高津診療所コラム「アルツハイマー病の原因は歯周病菌だった?」
v1.3 (2022/08/30公開)
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もとの文献はこちら
松井英男. 歯周病と全身疾患.  川崎高津診療所紀要3(2):137-146,2022

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