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コロナワクチン接種後に帯状疱疹は増えるのか?

2023年03月22日

1 はじめに

新型コロナウイルスに対するmRNAワクチン(BNT162b2, コミナティ™,ファイザー社製)の接種後の合併症として帯状疱疹の発生が報告されており1)、顔面に生じた場合はラムゼイ・ハント症候群をきたすことがある2)。そこで今回、当院におけるワクチン接種後の帯状疱疹発生状況を検討した。

2 自験例の検討

 当院で訪問診療を受けている患者は月末平均180名ほどであり、年齢の平均は85.5歳、平均8.4個の基礎疾患ないしは症候をかかえている。新型コロナウイルスワクチン接種は2021年6月から開始しているが、今回、接種前の2019年1月から2022年12月までに発症した帯状疱疹患者の罹患率(患者1,000人当たり年)と、ワクチン接種後の帯状疱疹患者の特徴について検討した。
 観察期間中に、再発例を除くと11例の帯状疱疹患者が発生した。年齢の平均は88.8歳で、男性は2例のみで残り9例は女性であった。各年次における罹患率(患者1000人当たり年)を見ると、2019年から2022年まででそれぞれ7.4, 28.8, 26.1, 21.7であった(図1)。このように、ワクチン接種が始まった2021年以前より罹患率は上昇しており、ワクチン接種がすすむにつれて罹患率はむしろ減少傾向であった。ワクチン接種後に帯状疱疹を発症した患者は再発例を除くと5例であった(表1)。患者の平均年齢は87.8歳で全例が女性であった。発症時のワクチン接種回数の中央値は3回目(2回目から4回目)であり、接種後発症までの期間は中央値で41日(5日から121日)と、1ヶ月以上経過して発症していることが多かった。また、病悩期間は、帯状疱疹後神経痛を含めると中央値が30日であり、皮疹の範囲が広く創傷処置が必要な例では病悩期間が遷延した。また、顔面領域は2例で顔面神経麻痺はなく、残りは体幹および四肢であった。治療は、全例で発症5日以内に抗ウイルス薬を投与した(バラシクロビル1例、アメナメビル4例)。観察期間中に施行したワクチン接種は累計で533回であり、ワクチン接種後の帯状疱疹発症率としては0.94%であった(接種1000回あたり9.4人)。

図1 帯状疱疹罹患率の年次推移                       表1 新型コロナウイルスワクチン接種後の帯状疱疹発症例

3 考察

1)帯状疱疹の疫学
 帯状疱疹は、水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)によって引き起こされる感染症で、水痘感染後に神経節などで持続感染していたウイルスが、特異的な細胞性免疫低下などが原因で再活性化し発症するもので、神経の支配領域に沿って水疱を伴う有痛性の皮疹を呈する。症例1のように皮疹の範囲が広い場合は、熱傷に準じた局所治療が必要になる。また、本例は帯状疱疹後神経痛もきたしたため、鎮痛剤の長期内服が必要になり、歩行も困難なことからADLが著しく損なわれた。 宮崎県における大規模疫学研究(宮崎スタディ)3)では、この18年間で帯状疱疹の患者数が漸増していることが指摘されている。2014年の発症率は、人口千人あたり1年で5.18人(5.18/千/年)であり、年代別では50歳以上で増加がみられ、70歳代でピーク(8.41/千人/年)がみられた。また、水痘が冬に流行するのに連動し、帯状疱疹は夏に増加する傾向があった。再発率は6.41%であり、60歳代、70歳代の女性に多かった。高齢者人口の増加とともに帯状疱疹患者が増加している原因として、小児水痘症例の減少によるブースター効果の減少、加齢に伴う細胞性免疫の低下などが考えられている。

2)mRNAワクチン接種後に帯状疱疹は増えるのか?
  新型コロナウイルスmRNAワクチン接種後の神経系への合併症として、ベル麻痺、帯状疱疹、ギラン・バレー症候群などが知られているが、いずれも発症頻度は低く、SARS-CoV-2感染による発症リスクよりも低いことからワクチン接種が推奨されてきた4)。ワクチン接種による帯状疱疹発症リスクをみる大規模な臨床研究では、ワクチン接種後の発症リスクが高いとするもの4)-6)と、変わらないとするもの7)-9)の両方がある。 イスラエルで行われた88万人規模の観察研究では、BNT162b2 mRNAワクチン接種後に心筋炎、リンパ節炎、虫垂炎、帯状疱疹(相対危険度1.43, 95%CI 1.20 to 1.73)などがコントロール群と比較して発症リスクが高かったが、SARS-CoV-2感染によるもののリスクの方がより高かった4)。香港大学からの自己対照研究を用いた帯状疱疹(入院例)の発症リスクは、mRNAワクチン接種群で対象と比較して増加していたが、その頻度は低かった5)。リアルワールドデータ(RWD)を用いたベルリン大学の100万人を対象とした研究では、観察期間60日で帯状疱疹発症リスクは0.2%であり、コントロール群と比べて相対危険度は1.802 (95%CI 1.680-1.932)であった6)。
 一方、差がなかったとする研究では、ヒストリカルコントロールを用いた40万人規模のイスラエルの研究では、43±15.14日の観察期間で、帯状疱疹発症リスクは相対危険度で1.07 (95%CI 0.85-1.35)であった7)。また、130万人規模を対象にしたヒストリカルコントロールを置いたカリフォルニア大学(サンディエゴ校)の報告では、観察期間は28日で帯状疱疹の発症は、ワクチン群16 (1000人年)であり、対照群17と変わらなかった(相対危険度0.91, 95%CI 0.82-1.01)8)。最後に、200万人規模のワクチン接種者を対象にした自己対照研究を用いたカリフォルニア大学(サンフランシスコ校)からの報告では、ワクチン接種による帯状疱疹発症リスクは0.91 (95%CI 0.82-1.01)で差がなかった9)。このように、ワクチン接種後の帯状疱疹発症リスクについては、コホートや解析方法の違いもあり結論が分かれている。 帯状疱疹はインフルエンザワクチンなど、他のワクチンの副反応としても起こることが知られており、何らかの細胞性免疫の低下が関与していると考えられている6)。今回の小規模ながらRWDを用いた検討では、新型コロナウイルスワクチン接種が行われた2021年以前から、帯状疱疹症例は増加しており、ワクチン接種時期にはむしろ減少傾向にあることから、ワクチン接種自体が原因になったというよりは、高齢化や合併症により免疫低下をきたした患者の増加が一因であると推察された。

4 まとめ

 2019年1月から2022年12月までの間に当院で発生した帯状疱疹患者11例を検討した結果、以下の点が明らかになった。
1)帯状疱疹の罹患率(患者1000人あたり年)を年次推移で見ると、2019年7.4, 2020年28.8, 2021年26.1, 2022年21.7であり、ワクチン接種が始まった2021年以前から罹患率の上昇が認められた。
2)ワクチン接種後に帯状疱疹をきたした患者は5例であり、平均年齢は87.8歳で全例女性であった。発生頻度としては、ワクチン接種1000回あたり9.4人であった。
3)血液疾患により免疫抑制剤を内服していた患者は、発症が接種後5日と早く、皮疹の範囲も広く帯状疱疹後神経痛により治療に長期間を要した。

文献
1) Rodrguez-Jimenez P, et al. JAAD Case Rep. 12:58-9, 2021
2) Polack FP, et al. N Engl J Med. 383:2603-15, 2020
3) 外山 望監修 帯状疱疹の疫学(マルホ医療関係者向けサイト) https://www.maruho.co.jp/medical/articles/herpeszoster/epidemiology/index.html (cited 2023/03/19)
4) Barda N, et al. N Engl J Med. 385:1078-90, 2021
5)  Wan EYF, et al. The Lancet Regional Health-Western Pacific 21:100393, 2022
6) Hertel M, et al. JEADV 36:1342-48, 2022
7) Shasha D, et al. Clin Microbiol Infect 28:130, 2022
8) Birababaran M, et al. J Am Acad Dermatol. 87:649-651, 2022
9) Akpandak I, et al. JAMA Network Open. 5(11):e2242240, 2022



川崎高津診療所コラム「コロナワクチン接種後に帯状疱疹は増えるのか?」v1.6r  Published on line in March 22, 2023
本稿は、「高齢者における新型コロナウイルスワクチン接種後の帯状疱疹」川崎高津診療所紀要4(1):203-207,2023に掲載された内容の簡略版です
Attribution 4.0 International (CC BY 4.0)

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