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空気清浄機の試作とその性能評価

2023年09月18日

1 はじめに

 COVID-19の第9波では、オミクロン株の感染力の増大により高齢者施設でのクラスターが発生しました。とくに認知症患者が多い高齢者施設では、多くの患者が軽症だったこともあり、自室での隔離が困難で利用者同士の接触から感染拡大につながってしまいました。また、新学期の始まった学校でも同様のことが起きています。SARS-CoV-2の主な感染様式は空気感染です1),2)。そのため、室内での空気の質を向上させるために様々な試みがなされてきました。今までにわかっている室内での感染対策の重要な点は、1)一定量の機械換気をする、2)高性能粒子吸収(HEPA)フィルターのついた空気清浄機を併用する、3)換気状態を炭酸ガスモニターで確認する(1000ppm以下)、の三点です3)。換気と言っても建物により空調の方法がさまざまであり、ビルなどの空調システムでは、基本的に外気を取り入れる割合を増し、一定量以上の換気をすることが推奨されています(ちなみにエアコンだけでは換気はできません)。例えば、米国疾病予防管理センター(CDC)では、一時間あたり5回以上の空気の入れ換え(5ACH)と、MERV13以上のフィルターを用いることを推奨していますが3)、既存の空調システムに高性能のフィルターを組み込むことは機械に負担をかけてしまい、外気を取り入れると使用電力も増えるという問題があります。同様な空気感染予防策として、Lancet誌のCOVID-19委員会では1時間に6回の換気(6ACH)4)を、世界保健機関(WHO)では、一人当たり一秒間に10Lの換気5)を推奨しています。また、このような換気システムに加えてHEPAフィルターのついたポータブル式の空気清浄機を用いればSARS-CoV-2の空気感染を弱めることが示唆されています6)。ここで指標となるのが、クリーンエアー供給率(CADR)です。これは、空気流量と粒子の除去率から求められる数値で、米国家電製品協会(AHAM)では、一定の基準を満たした空気清浄機を公表しています7)。さて、このような空気清浄機は一般的には高価であり、ウイルス除去をうたっている商品もありますが、実際にSARS-CoV-2が除去できるわけではありません。そこで、当院では、構造が単純で安価な空気清浄機を試作し、その性能を評価してみました。

2 試作した空気清浄機

 当院の試作した空気清浄機はきわめて単純で低コストで作ることができます(128米ドル)8)。それは、ポータブル式の扇風機(米国ラスコ社製)の空気流入面にMERV13フィルター(米国BNX Converting LLC社製)をテープで貼り付けるだけのものです(以下1-1 Box)(図1)。また、比較として自作空気清浄機(DIY air purifier)で標準的なものと考えられているカリフォルニア大学(デービス校)で開発された5枚のフィルターと扇風機1台を組み合わせたもの(the Corsi-Rosentahl Box, 以下CR Boxないしは5-1 Box)も作製しました(図2)。

図1 試作した1Filter+1Fan型空気清浄機(1-1 Box) 矢印は空気の流れ(以下同様)

図2 The Corsi-Rosentahal Box (5Filter+1Fan型, 5-1 Box)

3 評価項目

 風量計から空気流量(Qair)、ACH(/h)を算出し、粒子測定器を用いてフィルター装着後のPM0.3, 2.5, 10の粒子数を測定し、その除去率からCADR(PM0.3)を算出しました8)。その結果を、5-1 Boxでの測定結果やAHAMの基準に合格した日本企業(かつてのものも含む)5社の空気清浄機の数値7)と比較しました。さらに、騒音の測定は、音量計アプリ(NIOSH)を用いてスマートフォンで行いました8)。

4 結果および考察

 試作機のQairは風量に依存して増加し、0.41-0.71m3/sでした。これは、米国の標準的な教室の広さ(1000立方フィート)の換気を1時間に6.4-11.3回行えるものであり、CDCの基準(5回/h以上)を満たしています。PM0.3(コロナウイルスに相当)の除去率は40-50%だったので、それをもとにCADRを計算すると風量に応じて343-751立方フィート毎分(cfm)でした。また、直接の比較は妥当でないかもしれませんが、これはAHAMの公表している日本企業5社の空気清浄機の最大値(シャープの450 cfm)より高い結果でした(図3)。ただし、試作機の騒音は、風量が最小(Dial 1)でも50dB以上あり、これは騒がしいオフィスや冷蔵庫の音量に相当し、風量が増せば人によってはうるさいと感じ、スイッチを切ってしまう恐れがあります。5-1 BoxでもCADRの検討を行ったところ、CADRは318-747cfmであり、風量1と3では差がなく、風量2では試作機の方が良好な結果でした(図4)。

図3 AHAM公認の国産空気清浄機のCADR(cfm)(最小と最大値)

図4 1-1 Boxと5-1Box(CR Box)の風量ごとのCADRの比較

 カリフォルニア大学(デービス校)からの最近の報告9)では、フィルターなどの材料や構造、さらには測定方法が異なるものの、CADRは600-850cfmと、われわれの結果より良好でした。また、これも厳密な比較は困難ですが、いろいろな種類の自作空気清浄機を比較したSrikrishnaの報告10)では、1-1 Box(ただしMERV14フィルター)は最高で460cfm、CR Box(ただしフィルター4枚)では最高で609cfmであり、その増加率は少ないためフィルターの数を増やすよりファンの数を増やす必要があるとしています。われわれの検討でも、フィルターを増やすことにより風量の減少が見られ(風量1以外)、風量3では粒子の除去率は上がるものの風量の減少でその効果が相殺されることがわかりました。4方向からの高流量の風は中央で衝突することで乱流などが発生している可能性が考えられます。このように、自作空気清浄機はある程度の効果が見込まれ、コストも抑えられることから海外では学校などでの導入も進んでいますが、材料や作り方によって結果がまちまちの可能性もあり、まだ公式に認められたものではありません。しかし、何もしないで室内の感染を広げるよりは、何か少しでも可能性のあることに取り組む姿勢は重要ではないかと思います。

文献
1) Morawska L and Milton DK. Clin. Infect. Dis. 71(9):2311-2313, 2020
2) Zhang R, et al. Proc. Natl Acad. Sci. 117(26):14857-14863, 2020
3) CDC. Ventilation in buildings. https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/community/ventilation.html (cited 28 Aug, 2023)
4) The Lancet COVID-19 Commission Task Force on Safe Work, Safe School, and   Safe Travel. November. 2022 (cited 16 March, 2023) https://static1.squarespace.com/static/5ef3652ab722df11fcb2ba5d/t/637740d40f35a9699a7fb05f/1668759764821/Lancet+Covid+Commission+TF+Report+Nov+2022.pdf
5) WHO. https://www.who.int/publications/i/item/9789240021280 (cited 28 Aug, 2023)
6) Liu DT, et al. Otolaryngol Head Neck Surg. 166(4):615-622, 2022 DOI: 10.1177/01945998211022636
7) AHAM. https://www.ahamdir.com/room-air-cleaners/
8) Matsui H. The Bulletin of Kawasaki Takatsu Shinryo-jo. 4(2):243-252, 2023
9) Porto RD, et al. Aerosol Sci Technol. 56(6):564-572, 2022 DOI: 10.1080/02786826.2022.2054674
10) Srikrishna D. Sci Total Environ. 838:155884, 2022 DOI: 10.1016/j.scitotenv.2022.155884



川崎高津診療所コラム 「空気清浄機の試作とその性能評価」v1.4 Published on line in September 18, 2023

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